野球選手は指導者が育てるのではなく勝手に育つもの

野球選手は最終的に自分で責任をとるしかない

高校生活の3年間ぐらいであれば、体にムチうって走らせることはできるでしょう。

しかし、仮にその後も野球を中心とした生活をしていきたいと考える人間にとっては、高校の3年間は通過点でしかありません。

高校生活で燃え尽きてしまうような練習をさせることは、選手の成長を阻止していることに気づかなければなりません。

高校野球は、野球の技術向上以外に教育としての要素がある・・・という意見も否定はしませんが、純粋な野球の上達から逸れていることは間違いない事実なので、現代の時代性を考えれば野球人気が低下していくことは間違いありません。

これからの野球界は、純粋に野球技術の向上を目指す体制が整わない限り衰退は止まりません。

衰退の根底にある「選手を育てる」という考え方がある限り、野球界の練習が野球のためのものだけになることはないでしょう。

監督やコーチといった指導者がやるべきことは、選手一人一人の変化に気づき、変化が悪い方向にいっているのであれば、選手と一緒に考えて良い方向へと修正できるように寄り添うことです。

監督やコーチの話が100%間違っているとは言えませんが、それと同じく100%正しいとも言えません。

野球選手は野球選手である限り、結局は自分自身で選択し行動し、結果を求めていかなくてはなりません。

そしてその検証の繰り返しが自分自身を変化させ、今の自分ではない新たな自分を創り上げていきます。

その変化がうまく行っていれば成功と呼ばれ、うまくいっていなければ失敗と呼ばれているだけです。

失敗に気づくことができれば修正はできますが、成功なのか失敗なのか分からないようなことを続けていては発展がありません。

選手は自分自身で、自分自身をうまくし、育てていくことをするしか他に道はありません。

自分の貴重な時間を捧げている野球を、せっかくやるなら周りの目を気にせずに「上手くなるため」に最善を尽くしましょう。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA